
気候保護と大気質
国内外のEVカーボンクレジット
自動車の規制クレジットは大規模なビジネスです。一般にはカーボンクレジット (炭素排出権) と呼ばれているものですが、世界各国の政府はこれを企業に発行し、ゼロエミッション車 (ZEV) の生産を含むさまざまなイニシアチブを奨励しています。テスラのような企業はカーボンクレジットから大きな収益を上げており、その一部を使ってより多くの工場を建設することで世界的な事業拡大を進めています。
それにしても、カーボンクレジットとはどのようなもので、どのような仕組みになっているのでしょうか。ちょっと見てみましょう。
一部の市場では、自動車会社は自社が販売する新車に対して、規制当局が定めた具体的な排出目標を達成することが義務付けられています。排出限度を超えた場合、極めて高い費用がかかります。
例えば、英国では、CO2排出量の年間目標を超えた企業にはg/kmごとに86ポンドの罰金が科されます。この数字にメーカーのその年の販売台数を掛けます。簡単に言えば、壊滅的な打撃となる金額です。
そこでカーボンクレジットの登場です。1クレジットは1トンのCO2排出量に相当します。
排出量に基づく罰金を回避するため、自動車メーカーが自社の超過CO2排出量を相殺するには、以下の2つの選択肢があります。
- 自社製品のポートフォリオミックスを変更し、低排出車やゼロエミッション車を十分に販売する。
- 他社からカーボンクレジットを購入する。
誰がカーボンクレジットを得るのか
EUなどの市場では、カーボンクレジットは超低排出車やゼロエミッション車の販売台数に応じて、自動車メーカー各社に自動的に割り当てられます。一部の企業は自社の排出目標を達成し、カーボンクレジットが超過することになります。
余剰クレジットを持つ企業は、目標を達成できない他のメーカーにそれを販売することができます。
テスラはこの制度から大きな恩恵を受けている企業の一つです。同社は電気自動車のみを生産しているので、規制された市場で販売した全台数分のカーボンクレジットを受け取り、規制要件を達成できない他のメーカーにそれらのクレジットを販売して利益を得ています。
例えばEUでは、テスラの新車1台ごとにキロメートル当たり25グラムのカーボンクレジットを受け取ります。
2022年の第1四半期だけで、同社はこれらのクレジットの販売により6億7900万ドルを稼ぎました。これは同社の粗利益の1.7%に相当します。2017年以降、同社は規制クレジットから51億ドルを得ています。
このカーボン制度は、他のメーカーが車両に適用される排出限度を超過することを許容しているにすぎない、として批判されています。これは持続可能な戦略とはみなされません。
他方、カーボンクレジットは企業による低排出車やゼロエミッション車への移行を促すインセンティブになるという主張もあります。
世界の自動車規制クレジット
米国
米国の場合、連邦制の性質上、規制はやや複雑です。州によって基準は異なりますが、市場規模が大きいほど規制を強める傾向にあります。そのため、カリフォルニアと他の13州にはカーボンクレジットを規制する仕組みがあります。
それらの基準によると、自動車メーカーは各州で販売した総数に応じて一定数のゼロエミッション車 (ZEV) を生産しなければなりません。
欧州
EUには米国の一部の市場と同様の規則がありますが、規制当局は車の排気を減らすため積極果敢に取り組んでいます。
EU排出量取引制度 (ETS) は、キャップ・アンド・トレード方式で運営されています。ETSでは、メーカーは排出要件を満たす限り、「必要に応じて互いに取引可能な排出枠を購入したり受け取ったりする」ことができます。このキャップ (上限) は、総排出量を着実に削減できるよう、経時的に引き下げられます。
CNBCによると、欧州では車のCO2平均排出量がキロメートル当たり95グラムを超えてはならないことになっています。この排出量を超えたメーカーには罰金が科され、排出量がこれより少ないメーカーはカーボンクレジットを受け取る権利を得ます。
英国も、企業に低排出車の生産と販売を奨励するインセンティブとして、カーボンクレジットをメーカーに提供しています。英国は、企業が販売するCO2排出量50g/km未満の低排出車1台ごとにカーボンクレジットを割り当てています。
規制されていない市場のカーボンクレジット
日本:ケーススタディ
日本は世界第5位のCO2排出国ですが、企業に内燃機関からの脱却を促す公式のキャップ・アンド・トレード制度やカーボンクレジット制度は、現時点でありません。
一方で、2019年に日本は乗用車の新しい燃費基準を発表しました。それによると、「平均ガソリン換算燃費は2030年までにリッターあたり25.4 km」が求められています。
また同年には、2025車種に適用される、大型車両の燃費に関する政策を改定しました。このJH 25として知られる政策は、トラックの燃費を2015年の基準比13.4%、バスの燃費を同14.3%、それぞれ向上させることを義務付けています。
他方、正式なキャップ・アンド・トレード制度の確立に向けた協議は続いています。経済産業省 (METI) は2020年に、電動車の生産比率の設定やカリフォルニアと同様の規制制度の確立について、業界代表者との協議を行いました。
その間に任意のカーボンクレジット制度が生まれています。これはJ-クレジット制度と呼ばれ、国内CDMとJ-VERという2つの旧制度を組み合わせたもので、2013年に始まりました。
J-クレジット制度
J-クレジットでは、さまざまな分野の企業が、再生可能エネルギーや省エネプロジェクトを開始することで、カーボンクレジットを取得できます。自動車メーカーの場合、バッテリー式電気自動車 (BEV) やプラグインハイブリッド車 (PHV) を導入することでカーボンクレジットが得られます。
しかし、ほとんどのキャップ・アンド・トレード市場と比べると、重要な違いがあります。
ほとんどの市場では、メーカーは低排出車の販売に対してカーボンクレジットを受け取る資格を得ます。他方、日本では、EVを利用することで排出ガスが減ると考えられているため、車の利用者がカーボンクレジットの権利者となります。
ただし、プラットフォームに登録してクレジットを受け取るには、時間と費用がかかります。メーカーには、すべての顧客の分をまとめて1つの申請にして代行する余地があります。そのため、企業がカーボンクレジットを利用して顧客にさまざまなプログラムを提供できる可能性は残っています。
とはいえ、日本では、J-クレジット制度で排出量削減の目標設定に参加するかどうかは、企業が自由に決められます。他の地域と異なり、これらの目標は任意のため、目標を達成できなかった場合の罰則はありません。
しかし、従来のキャップ・アンド・トレード制度を確立する規制が導入されるかもしれません。METIは現在、2030年までに日本の温室効果ガス排出量を削減するという目標を達成するため、従来のカーボンクレジット制度の展開を検討しています。これが実現すれば、メーカーの排出基準は米国や欧州のモデルに近いものとなります。
従来のカーボンクレジット制度の確立に向けた有望な第一歩として、METIは東京証券取引所に委託して炭素取引パイロットプログラムを実施しました。これまで、J-クレジットはJ-クレジット事務局が運営するオークションで取引されていました。2022年9月現在、このパイロットプログラムに参加している会員であれば、東京証券取引所でJ-クレジットを売買できます。
日本が規制された炭素市場に移行すれば、罰則のリスクによってZEVの取り組みに拍車が掛かり、すでに思い切った行動をとっている企業の支えとなります。EV開発曲線を先取りする企業は、莫大な利益を手にするでしょう。
日本初の小型ZEVトラックメーカーである三菱ふそうは、そのフラッグシップモデルeCanterによって、来るべきシフト (規制市場への移行) に備えています。
EV充電ステーションから生まれるカーボンクレジット
米国:ケーススタディ
EVブームを取り巻く重大な問題は、充電インフラが十分に整備されていないことです。ほとんどのEVオーナーは自宅で夜間に充電します。しかし、EVやバッテリー技術の進歩と航続距離の伸びに伴い、充電ステーションは21世紀のガソリンスタンドのように、より大きな役割を担うようになるでしょう。
EV充電インフラの発達を促進するため、米国の一部の地域を含むいくつかの管轄区域は、EV充電に応じたカーボンクレジットの発行を開始しました。
これらのクレジットは、任意市場においてではありますが、取引可能な商品です。これが待望の収益源となり、EV充電ステーション数の増加を強力に後押しする可能性はあります。
排出削減量は、第三者のカーボンクレジット認証団体であるVerraとElectric Vehicle Charging Carbon Coalitionによって算出されます。両団体は、クレジットの有効性を保証するために独立した評価を提供します。
上記の事例のほかにも、任意のカーボンクレジットはさまざまな持続可能性イニシアチブへの資金提供に利用されています。これにはクリーンなエネルギー源の利用拡大による排出量の削減も含まれます。
任意の炭素市場について再確認するには、チュートリアルをご覧ください。
炭素市場の仕組みを分解すると以下のようになります。
EV充電ステーションは、給油に代わる電力を自動車に供給し、CO2排出量を削減します。EV充電ステーションの事業者は、Verraに登録することでカーボンクレジットを受け取ります。その結果、その事業者はカーボンニュートラルになろうとしている事業体に、任意市場でクレジットを販売できるようになります。クレジットで得た資金は、より多くのEVインフラへの資金提供に役立ちます。
カーボンクレジットは段階的に廃止されるのか
カーボンクレジットはテスラのような企業にとって利益を生むビジネスモデルであり続けますが、一部の地域では、いずれ段階的に廃止される予定です。別の制限を追加している地域もあります。
米国では、バイデン大統領が8月に、それまで適用対象となっていた72車種のうち70%のクレジットを終了する法案に署名しました。追加の制限により、残りの適格車両は北米で製造することが義務付けられます。
さらに、ガソリン車とディーゼル車の販売を段階的に廃止する期日を設定している国もあります。英国は、ガソリン車とディーゼル車の2030年以降の販売を禁止したのに続き、ハイブリッド車の2035年以降の販売も禁止しました。
不吉な前兆があります。一部の革新的な企業は、カーボンクレジットから思いがけない経済的恩恵を受けていますが、競合他社の巻き返しがなければ、それらの企業が市場を支配してしまうかもしれません。
カーボンクレジットには期限があるにしても、ZEVはこの業界でCO2排出量を継続的に削減する態勢が整っています。
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